食品分子機能学研究室の研究テーマ
食品は、生命を維持し、活動するための栄養素を含むという栄養機能(一次機能)や、食べておいしいと感じる感覚機能(二次機能)に加えて、生活習慣病などの病気を防いだり、健康な体調を維持するような成分が含まれているという生体調節機能(三次機能)が、明らかにされています。生体調節機能を持つ機能性成分を含む食品は機能性食品と呼ばれており、機能性食品の中で日本の消費者庁が有効性などを認めたものは、「特定保健用食品(トクホ)」という名称で販売され、また企業の責任において機能を表示する「機能性表示食品」も多く販売されています。
食品分子機能学研究室では、食品素材等に含まれる機能性成分(主にタンパク質)を探し出し、その化学構造や機能を発揮する仕組みを明らかにしたり、機能性成分を医学分野など他分野へ利用するような、以下の2つの基礎的研究を行っています。
(1)食品素材中の機能性(生理活性)物質の分離・同定、機能の解明に関する研究
食品素材中には、多くの成分が含まれていますが、タンパク質もその成分の1つです。タンパク質には、酵素の触媒作用を始めとする様々な機能がありますが、生体調節機能を発揮するようなものもあると考えられます。例えば、タンパク質分解酵素阻害タンパク質(プロテアーゼインヒビター)の中には、ガン細胞や病原ウイルスの増殖を抑えるような生理活性を持つものがあります。また、タンパク質の酵素分解物であるペプチドには血圧低下作用や抗酸化作用があるものが知られています。
私たちは様々な食品素材からそのような生理活性タンパク質を含めた機能性物質を探索して、その構造や機能の解明を行っています。現在は、主に次の2つの食材を用いた研究をおこなっています。
1)アピオス由来の機能性物質に関する研究
アピオス(アメリカホドイモ)はマメ科の植物ですが、地下にイモができます。このイモはジャガイモやサツマイモに比べ、タンパク質や脂肪、カルシウム、鉄などが多く含まれ、健康食品として注目されています。現在、このアピオスのタンパク質成分を含めた機能性成分に関する研究を行っています。これまでに、ガン株化細胞に対して増殖抑制活性性を示すBBI型のトリプシンインヒビター(AATI)やレクチン、プロテアーゼインヒビターやβ-アミラーゼ様タンパク質、ポリガラクツロナーゼインヒビターなどの分離精製が行われています。
また、アピオスには血圧調節に関わる酵素であるアンジオテンシン変換酵素(ACE)の働きを阻害し、血圧低下作用を発揮する物質の存在が明らかになっています。その物質を分離して、同定する研究も進行中です。
2)食用昆虫由来機能性物質に関する研究
地球上には130万種以上の動物が存在しますが、昆虫はそのうちの95万種以上を占めています。昆虫は世界的に見ると食品素材としての利用が盛んで、2100種以上の昆虫が食べられていると言われています。昆虫を食べることを昆虫食(entomophagy)といいますが、昆虫食のメリットとして、①昆虫は牛や豚肉に匹敵するタンパク質や脂肪酸、ミネラル等を含む、②昆虫は飼料変換効率が高い(可食部1 kgを得るのに必要な飼料量が牛の1/10程度でよい)、③昆虫は温室効果ガスをほとんど出さない、④昆虫は飼育するための空間や水が少なくてすむ、などがあり、2013年の報告書でサステイナブルな食料資源として国際連合食糧農業機関(FAO)も昆虫食を推奨しています。一方、その見た目や嫌悪感などから日本や欧米諸国などで昆虫食は広がっていません。このような昆虫食における課題を解決する方法の一つとして、昆虫素材の高付加価値化があります。具体的には食用昆虫素材を食べることでヒトの健康に良いという作用(生体調節機能)を明らかにすることで昆虫食を拡大させることを目指して、いくつかの食用昆虫素材について生体調節機能の解明を試みています。
(2)生理活性タンパク質の医学分野等への応用に関する研究
私たちは、発見された生理活性タンパク質について、食品分野への応用が難しいものについては、医学分野や生化学分野に応用するために、例えば、次のような研究も行っています。
1)海産無脊椎動物由来溶血性レクチンの構造と機能に関する研究
九州の筑前海では、グミ(Cucumaria echinata)というナマコの1種が大量発生して底引網漁業に被害を与えています。私達はグミよりレクチン(糖結合性タンパク質)の1種であるCEL-IIIというタンパク質を発見しました。CEL-IIIは赤血球凝集活性以外に、溶血活性を示すという既知のレクチンにはない性質を示すレクチンであることも明らかになりました。
CEL-IIIは赤血球膜上の糖鎖に結合し、膜上で会合してオリゴマー化し結果的に小孔を形成して赤血球を溶かします。CEL-IIIには溶血活性以外に、マラリア原虫の増殖を抑える活性があることも明らかになり、その有効利用を目指した研究も行なってきました。具体的にはマラリアを伝播しないトランスジェニック蚊を作製するために、CEL-IIIを体内で発現する蚊の創製です。これまでに蚊の中腸でCEL-IIIを発現する蚊が実際に作製され、高いマラリア伝播阻止能を持っていることが明らかになりました。また現在、ガン細胞特異的に傷害を行う機能性分子の構築も試みています。
2)昆虫由来プロテアーゼインヒビター(CPI)に関する研究
昆虫は地球上に膨大に存在する生物資源ですが、現在その有効利用は一部の分野に限られています。つまり、昆虫という生物資源は未開発な資源として残されており、新規でかつ有用な生理活性物資が存在する可能性が秘められています。そこで、私達の研究室では、タバコの葉の害虫であるタバコスズメガ(Manduca sexta)から機能性物質の探索を試みています。
タバコスズメガ(Manduca sexta)は北アメリカにおいて、果実・野菜の害虫として知られ、また大型昆虫であることから研究用のモデル生物として有名な昆虫です。私たちは、その血リンパから生理活性を発揮するシステインプロテアーゼインヒビターCPIについての分離精製や遺伝子クローニング、さらにその遺伝子解析などの基礎的研究を行っています。そして、昆虫由来CPIの基礎的研究を行うことで、害虫等のコントロールやCPIを利用した薬剤などの開発といった応用を目指しています。
これまでに、タバコスズメガから分子量11kDaのCPI(MsCPI)を分離精製し、その遺伝子構造を明らかにしました。その過程で、MsCPIタンパク質(115アミノ酸残基)は、2676アミノ酸残基からなる巨大な前駆体タンパク質から合成され、前駆体中にはMsCPIによって活性制御を受けるシステインプロテアーゼが存在することが明らかになりました。現在、その生体調節機能についての調査を行っています(上記(1)の2)と関連した研究)。